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2015/08/14

【回想】2002年5月6日 帰郷

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02/ 5/ 6 Mon

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朝5時。いつもと違い、携帯の目覚で起きる。
さすがに箱根か…。随分と冷え込んでいる。
昨晩の豪音鳴り響かせる車共は朝はいない。静かな箱根の朝だ。
早々に寝袋をたたんで外に出る。他の寝袋にまだ動きはない…。
こんな冷えた朝はホットコーヒーの出番である。ぷくぷく…。

そんなことをやっていたら、他の二人も起き出してきた。
ヒジョーに眠そうな潤氏。
無理矢理起きた俺も実は眠いのだが、初日の睡眠時間を考えるといつまでも寝てもいられない。
今日は、なんとしても家に帰らないといけない。明日は会社だ。

グツクツ…。お湯を沸かして、朝飯は米。残りの米で朝とする。
地図を見ながら考える。
小田原、茅ヶ崎、藤沢、横浜、川崎、蒲田、東京、日本橋…家。
約100kmくらいだろうか。実は、今回の行程ではそんなに走ったことがない。

今日のルートを3人で見る。
ちーさん、自分のチャリの後輪を指差し
「コンクリートで擦って、やぶれている。自転車屋でタイヤチェンジしたい。探して欲しい。」
とコメント。
途中、自転車屋に立ち寄ることになった。
潤氏は、今日中に大阪に帰る。始めは「小田原から鈍行で」と言っていたが、少し考える。
時間に少し余裕はある。「小田原から先もお供しましょう」と言ってくれた。

さて、japanease二人は最終走行、Koreaちーさんは、まだまだ先がある。
いつもと違う、3人での出発。小田原までは下るだけだ。
荷物をまとめて、旧東海道に滑り出した…。

一気に下り。
さすがに、チャリが壊れるかと思った。ブレーキが不安。
60km/hにおよぶスピードがでる…何か踏んで跳ねたらとっても危険…。
爆走滑降中だったが途中から、心改め少しペースを落とす。

潤氏、ブレーキ交換。
ちーさんの前ブレーキ不調。潤氏がなんとなく直す。
…と、ちーさんチャリに、新たな問題。
ペダルがガタついているのだ。
性格にはペダルとフレームの勘合部(ベアリング)でガタが出ているようだ。
これはちょっと危険。ここで直に直せない…。これは自転車屋だ。

小田原までは、さすがに下り。あっと言う間に走り(下り)きる。
そこからは、私が先頭。ちーさん挟み、潤氏と続く。
なんせ、ちーさん地図は日本地図。潤氏は中部地図(清水市あたりまで)までしか持ってないときた。
あとは、一応東京人で関東地図を持つ俺が先頭を走るしかない。
複数で走る場合、一番ペースの遅いものを先頭にするのが鉄則だから、間違ってはいない。
昨年11月頃に横浜=真鶴を走っているので多少は覚えているか…。

020506_275第1目標チャリ屋、第2目標やまと運輸、第3目標UFJ銀行として1国を走り始めた。
目標2,3は、潤氏の希望である。荷物を送るのと、帰りの電車賃である。

小田原市内はまだ眠りの中か、連休最終日の朝8時ではまだ動く人もまばらである。
先頭だけに、時折後ろを気にしながら走ります。
しかし、いつもよりアップ気味のペースで走ってしまう。見栄か…。しかしすぐバテる。
まだ自転車屋がやっている時間ではなかった。
UFJ銀行は姿なく、やまと運輸は小田原にあったらしいが俺の視界には入らなかった。
あとは、ひたすら走るのみ。

平塚で自転車屋に立ち寄る。平塚駅前の人通り。
ちーさんチャリを見てもらう。タイヤは交換。
ちゃり屋の兄ちゃんはチューブも交換しようとするが、ちーさんはそれを阻止。
タイヤだけ交換の、3000円。
ペダルのハブのところは、応急処置で絞め直す。500円。
ちゃり屋の兄ちゃん、3人それぞれまったくの他人であることに驚く。
それもそうだが、それも旅の醍醐味である。

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さて、ちーさんのチャリへの不安はなくなり、あとは潤氏の足だけか。
前日までかなりの長距離を毎日走ってきているだけに、そうとうパンパンらしい。
まずは、荷物をおろしたいところ。早くヤマト運輸あたりを見つけて送ってしまおう。
チャリ屋に聞いたら、1国をもう少し行くとあるらしい。
そして、茅ヶ崎と藤沢の境に、「日通茅ヶ崎営業所」があったのである。
荷物のほとんどを降ろし、かなり軽くなったチャリ。これでまだまだ着き合ってもらうでよ。

しっかし、1国はつまらん道だ。
車は多いし、走っていてオモシロミが無い。後ろに二人走っているから、そうそう寄り道もできない。
のーのーと、ペダルをこぐ。MDを変えることもなく、ただひたすら東京を目指す。
すでに「東京まで50km」あたりまでは来ているのだが。

戸塚旧1国。信号無視をしたら、警察に怒られた。
「こらぁ、自転車も信号守りなさぁい。」
自転車の信号無視は、罰金か、2年以下の懲役。頭に牢獄がよぎる。
戸塚駅越えた先、ダイエーにUFJ銀行があった。これで、潤氏の帰る電車賃ができた。
潤氏には、こう薦めた。
「日本橋まで行こう。無いなら、新幹線代は俺が貸す。次の旅で会ったときに飯をおごってくれればいい。」
ここまできたら、日本橋まで行きたいし、行かせたい。
なによりもみんなで走りたい。

横浜付近までは小さなアップダウンを繰り返す。
そこから先は、僕もペダルが軽い。軽い。軽い。

横浜、ランドマークがどこからでも見えた。
川崎、多摩川から東京都に帰ってきた。
蒲田、コンビニでみんなの記念写真をプリントした。
品川、東京タワーが横目に走った。
銀座、歩行者天国は自転車天国にはなりえないようだ。
そして、…

020506_279日本橋。

東京に住む自分もそれほど意識したことが無かったし、今まで通ったことがあっただろうか。
日本橋の真ん中に立つこの瞬間、自分が全ての真ん中に立っている気がした。

時間は4時をまわる。

俺の旅は終わった。

3人は自分達の旅の結果、そしてこれからの想いをこめて握手を交わした。
大阪の潤氏は家に帰るべく東京駅に向かう。銀座の群集に消える。
九州で追い抜かれただけの彼であった。
あの日、強風の中、1日で俺の行く先まで行って帰ってきていた。
「帰り際に会ったら、夜キャンプしましょう」と冗談混じりに話していた。
夜、俺のキャンプ地のすぐ近くに彼はいた。これは、帰った後のメールでわかったことだ。
今、思えばあの夜に出会わなかったことも、今、この時をよんでいるのでは、そう思った。

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ちーさんは、一晩うちに泊めた。
少しでも、長く彼のことを知りたかったのだ。

僕は言った。
「人、助合」「so.ok!!」

彼は言う。
「自転車で走る目的は、見ること、感じること。」
「でも、本当の目的は、communicationだ。」

大阪、東京、韓国。
まったく異なる地の、異なる人が、ここで一緒にいる。

日本と、韓国。
日本の回りには海があり、韓国との間にも大きな日本海が広がっている。
しかし、この海を、少しだけ大きな川と思えば、僕らはよりいっそう近くの友達でいるだろう。


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